Capricious

自分の気まぐれさを愛したい

切れた凧の糸

 

「ハヤシライスは品切れなのですが…」

「あ、そうなんですね。」

「申し訳ございません。

あっただ、買い出しに行くのでもう少し

待って頂けば出せるとは思うんですが……」

 

おや、普通にはない展開だ。

品切れなら品切れでいいものを、

待てば作ってくれるとはなんて善良的な。

 

「あ、じゃあハヤシライスをサラダのセットで

アイスティーをひとつお願いします…」

 

糸の切れた凧のように喫茶店に行き着き、

頭で楽しい1日を思い描いている。

頬杖をつきながら画面を見つめてただ、

みんなが笑うのってどんなことだろうとか

そんなことばかりを考えていた。

腕時計の長針は6から8に変わっていた。

 

「グラスお下げしますね」

綺麗なホールのお姉さんが私のドリンクを

下げに来てくれた。

注文したハヤシライスはまだ届いておらず、

無垢な木のテーブルには

申し訳程度のサラダが置かれた。

 

野菜たちの上に乗ったクルトン

フォークの先で刺して食べるか掬って食べるか

10秒ほどの論争が繰り広げられたが

討論の末クルトンはすくって食べた。

なんてしょうもない1日なんだろう。

抹消的なことを考えてしまう自分を客観視し、

成人になる手前ということを思い出しては

呆れる日もある。

 

ひとりで喫茶店に入るのは何年ぶりだろう。

その日の私はひとひ予定もなく、

かと言いすぐ家に帰るのも腑に落ちなかった。

自分の部屋のロフトベッドの隅で縮こまって

考え事をする日常をつまらなく思い、

ただ何かしらの小さな変化を求めて

「場所」だけを変えてみたかったのだ。

 

私は圧迫感を感じると背中を丸めてしまう、

そんな“イキモノ”なのである。

 

サラダはあと2口で食べ終えてしまう。

申し訳程度のサラダを豪快に大きな1口で

食べる勇気は出なかった。

早めにドリンクを下げられた事が少しばかり

不服だったのかもしれない。

困ったことに私は配分が苦手で

そういう意味では凧の糸は常に切れている。

 

そして迎えた最終決戦。

心の中の住人はスタンディング・オベーション

総出で勝負を賭けている。

今回の予想はサラダに賭けるのが穴ではあるが

厨房からハヤシライスの香りがする。

残ったサラダの最後の1口が先か、否。

メインの料理が先に届くか。

 

 

 

お店を出て家に帰るための電車に乗る。

空いた電車の座席には座らず窓際に立った。

窓ガラスに反射した自分が映る。

イヤホンでandymoriの「ジーニー」を、

片耳で聴きながら少しうとうとしながらも

どこか満足げそうな顔をしていた。

 

10分ほど前。

サラダを食べ終えた後、

僅差でハヤシライスもテーブルに届いたのだ。

綺麗なお姉さんがサラダのお皿を片してくれ、

とても幸せな気持ちでハヤシライスを食べた。

配分などよぎらず気付けば夢中で食べていた。

 

 

夏の空がオレンジ色に染まる。

時折、窓ガラスに反照した光が髪を照らしては

私はくすぐられるような気持ちで

外の見慣れた景色に黄昏ていた。

 

最寄り駅について改札を出たタイミングで

andymoriのプレイリストの中盤くらいにある

「ネオンライト」という曲が流れ初めて

私の足取りは軽くなった。

下り坂でスキップをしたくなった。

数秒の信号待ち、

音楽に合わせて少し首を前後させてノリながら

白黒のラインをリズムに乗せて歩いた。

お腹も心もいっぱいだった。

 

「ごちそうさまでした」